2006年(平成18年) 10月22日(日)付け紙面より
前町長の辞職に伴う三川町の出直し町長選(31日告示、来月5日投開票)で、鶴岡市との合併を目指す「合併を進める町民の会」(折原昭二代表)は21日、同町押切新田の同会事務所で記者会見を開き、元町長の佐藤京一氏(76)=猪子=に代わって元町助役の五十嵐司氏(70)=押切新田=の擁立を発表した。体調不良により佐藤氏が出馬を辞退したことに伴うもの。
佐藤氏は町民の会の要請を受け、今月14日に同会事務所で町長選への立候補を表明していた。同会によると18日朝、佐藤氏は体調不良を訴え、同日夜に同会役員に「5日間とは言え、選挙戦に耐えられるか分からない」と出馬断念を伝えた。20日に県外の病院へ検査入院したという。
佐藤氏の辞退を受け、同会では新たな人選を進め、20日までに五十嵐氏の擁立を決定した。
21日の会見で五十嵐氏は「佐藤氏は『今、鶴岡市との合併を進めなければ町民の将来に禍根を残すことになる』と考え立候補した。自分は佐藤町政での補佐役。意思を引き継ぎ、人生のロスタイムを町民のために尽くしたい」と決意を語った。
鶴岡市との合併について五十嵐氏は「行政サービスの継続や安定した暮らしのためには、ある一定以上の人口を持たないと将来行き詰まる。地方の一体感を図るためにも合併は避けられない」と強調。三川中学校の改築に対しては「鶴岡市の建設計画の中で、他との兼ね合いを考えながら粛々と進めていくことが大切。町独自で建設する場合、約20億円の大金をどこから出すのか。できなければ絵に描いた餅(もち)でしかない」と述べた。
選挙戦では「合併することで、町民が今の生活を維持できることなど、正しい情報を町民に伝えていきたい」と語った。
五十嵐氏は酒田東高、日本大学工学部卒。1958年に県庁入りし、土木部道路維持課長、旧庄内支庁副支庁長兼建設部長などを歴任。90年4月から2年間、同支庁長。庄内臨空開発専務理事を経て、99年4月1日、三川町助役に就任した。2002年2月、当時町長だった佐藤氏の退任に伴い、任期途中で辞職した。
町長選への立候補を表明した五十嵐氏
2006年(平成18年) 10月22日(日)付け紙面より
詩や音楽、映像などコミュニケーションツールの研究活動を行っている「コミュニケーション未来研究会」(東京都中央区、八木忠栄会長)主催の「詩人と遊ぼう―教室から詩が生まれる」が20日、酒田市の酒田二中と若浜小で開かれた。両校の児童・生徒たちは、八木幹夫さんら中央詩壇で活躍している詩人から、作る際のアドバイスなど聞いたほか、自作した詩を朗読した。
同研究会は2001年、人々の新たなコミュニケーションを創造するシステム作りを図ろうと設立。子供たちと詩の出合いの場にしてもらおうと、文部科学省の外郭団体・国立青少年教育振興機構の「子どもゆめ基金助成事業」を活用し、全国各地で「詩人と遊ぼう」と題したイベントを開いている。
この日は八木さんのほか、蜂飼耳さん、新井豊美さん、フジマル◎ヒデミさんの詩人4人が来酒。午前中はそれぞれの学校で、若浜小3―6年生と酒田二中1年生を対象にしたワークショップが行われ、八木さんらが児童・生徒に詩の書き方や読み方などアドバイス。午後からは両校の児童・生徒が若浜小体育館に集合し詩の朗読会が行われた。
はじめに児童・生徒の代表8人が「秋」をテーマにした自作の詩を発表。このうち中村誠弥君(若浜小3年)の作品「こおろぎと、すず虫の声」は、「まどを開けると、聞こえてきます。すず虫の 『リーンリーンリンリンリーン』。こおろぎは 『チリチリチリチリチリチリチーン』。二つの声が聞こえてくると ぼくの心は、おちつきます」とつづった。
これに対し八木さんは「西洋人は基本的に昆虫の泣き声は雑音にしか聞こえないという。心地の良い音と感じるのは日本の伝統を引き継いでいるから。日本人にとり何が大事か分かっており、素直な気持ちで書かれた作品」と評価した。
引き続き詩人4人がそれぞれ自作の詩を朗読。児童・生徒たちは詩への思いを新たにした。
児童・生徒が詩に対する思いを新たにした「詩人と遊ぼう」