2007年(平成19年) 11月02日(金)付け紙面より
国土交通省は、昨年度から工事を進めている地域高規格道路「余目酒田道路」(庄内町廻館―酒田市東町間の延長12・7キロ)と、東北横断道酒田線(日本海沿岸東北自動車道と重複)を接続して相互乗り入れが可能となるインタージャンクションを整備する方針を決め、今月8日に酒田市勤労者福祉センターで住民向けに事業計画の説明会を開く。酒田市など地元からの要望を受けたもので、高速交通網のネットワーク化を進め、利便性が高まるものと期待されている。
国土交通省酒田河川国道事務所によると、接続されるのは、横断道が主要地方道酒田松山線と交差する酒田市大町付近。主要地方道と余目酒田道路との交差点から、新たに導入路を整備して横断道と結び、同交差点を経由して相互乗り入れが可能になるようにするもの。余目酒田道路の事業として実施する。
インタージャンクションは、上空から見た形状が丁字路に近い「平面Y型」の変型とする計画。南北に走る横断道の東側に、主要地方道と余目酒田道路との交差点から延びる導入路が接続する形。
住民説明会を経て、都市計画の変更手続きに入り、都市計画が決定されれば、新たに必要となる導入路の用地交渉などに入っていく方針。
利用料金は横断道が有料、余目酒田道路が無料ということもあり、料金の徴収方法などは今後詰めるという。
余目酒田道路が将来、「新庄酒田道路」として庄内―最上を結び、日沿道が日本海沿岸の秋田、新潟両県と結ばれれば、両道路の接続は東西南北を結ぶ重要な結節点を生み出し、両道路の利用価値と交流量増大につながると期待されている。
このため酒田市が本年度、08年度向けの重要事業の要望書に盛り込むなど、地元から接続を求める強い要望が上がっていた。
接続の事業計画に関する説明会は8日午後7時から。問い合わせは国土交通省酒田河川国道事務所調査第2課=電0234(27)3331、酒田市土木課=同(26)5741=へ。
インタージャンクションの整備が計画されている位置図
2007年(平成19年) 11月02日(金)付け紙面より
郷土の先人・先覚者を紹介している鶴岡市の大宝館の第31期展示が始まった。今回は新規と再展示の6人を含む計28人で来年10月まで繰り広げられる。
新規展示は洋画家・齋藤求(1907―2003年)、最高裁判事・齋藤悠輔(1892―1981年)、貴族院議員・佐藤鐵太郎(1866―1942年)の3氏。再展示は作曲家・阿部武雄(1902―68年)、佐藤霊山(1851―1927年)、疋田豊治(1882―1973年)の3氏。いずれも、業績、略歴とともに遺品など展示し、訪れた観光客や市民の目を引いている。
新規展示のうち、佐藤鐵太郎氏の孫が1日、同館を訪れた。鐵太郎氏は鶴岡市荒町(現山王町)出身。元帝国海軍中将。戦史研究家としても知られ、戦時中ながら国防を政治・外交のみならず経済・社会と多角的にとらえ、日本のとるべき道を「海洋国家」「貿易立国」と説いた。
これまで、郷里鶴岡に遺品などはほとんどなかったが、孫にあたる佐藤和子さん(79)=東京都国立市=と佐藤信一さん(75)=同国分寺市=から借り受けて実現した。
昭和天皇に日露戦争史を御進講した際に着用したという「大礼服」や写真をはじめ、日露戦争の第一艦隊司令長官の東郷平八郎、同第二艦隊司令長官の植村彦之丞からの書簡、直筆の原稿といった貴重な資料が展示されている。
この日は和子さん、信一さんの妻の佐藤満里子さん(68)とその姉の寺尾翠さん(74)=同町田市=の3人が訪れた。和子さんは「幼かったこともあり、祖父に強い印象はないが、こうして立派に飾ってもらえて少しずつ思い出される。祖父に光を当ててもらい古里の方々に感謝したい」と語った。
同館では、多数の著作物の原稿などを借り受けており、展示替えの際に紹介していく予定。
佐藤鐵太郎(右上写真)の展示に合わせ、孫の佐藤和子さん(右)たちが来館した