2011年(平成23年) 10月9日(日)付紙面より
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悪魔のプログラム 小山 浩正
電卓が出回ったのは10歳ごろでした。最初に手にした時の歓喜は今でも忘れません。「これで算数とサヨナラできる」と思ったからです。そんな浅はかな期待が直ちに打ちのめされたのは当然ですが、電卓が私たちの生活を便利にしたのは確かです。やがてコンピュータの時代となり、処理速度も格段に速くなりました。「ムーアの法則」という経験則によれば、その性能は18カ月ごとに2倍のペースで向上してきたそうです。だから、少し前にできなかったことも今ならできる。確かにそれはすごいのだけれど、果たして幸せなことなのか? 次に紹介する男の話で考えてみませんか。
かつて「マッキントッシュ男」と呼ばれた同僚がいました。コンピュータが好きで、わずかなボーナスはすべてアップル社の最新型マッキントッシュ・コンピュータに費やされます。そして「今度はこんなことができる」とか「こんなに速くなった」と実演してくれたものです。最先端の機器で彼が何をするのかというと…仕事をするのです。快適なスピードで今まで以上にバリバリ業務をこなし、その報酬として手にした次のボーナスをまた次のマッキントッシュに注ぎ込む。そうして彼の仕事は一層はかどるのでした。う?ん、なんか釈然としない。妙な循環に陥ってない?
しかし、この循環に飲み込まれているのは彼だけではありません。考古学者の小山修三さんによれば、はるか昔にアフリカを出た人類は、森林地帯を避けて海岸沿いにアジアへ拡散しました。農耕が発明されると森にも手がかかりますが、当初は相当な難事だったでしょう。長い間、森は人類にとって克服すべき相手だったのです。
事態を大きく変えたのは鉄器の登場でした。ある文化人類学者が1本の立木を伐り倒すのに消費するカロリーを鉄斧と石斧で比較したところ、鉄は石の4分の1で済んだそうです。画期的な道具を手に入れた私たちの先祖の前には2つの選択肢が用意されました。ひとつは、それまでと同じ時間を働いて4倍の成果を出すこと。もう一つは、4分の1の時間で以前と同じ仕事量を済ませ、残りは遊びに費やすやり方です。どうやらヒトという種族は、前者を選択するべくプログラムされているようです。せっせと森を開墾し、どんどん食糧を作り、蓄えた力をまた農地造成に費やす。それで栄えた子供たちもまた森の開墾へ…。先のマッキントッシュ男は彼らの正当なる後継者だったのです。環境学者の安田嘉憲さんはそれを「悪魔の循環プログラム」と呼びます。熱帯をはじめ世界の森林が消失し続けるのもこの循環が止まないからです。
かつては1日8時間の就労時間を手作業で丸ごと費やした計算も今やたった1秒で終わってしまう。ならば残り7時間59分59秒は遊んで暮らしていいはず。いったい何のための進歩なのか。そろそろこの循環から解放されて、ゆっくりいきたいものですけどね。
おっ!なんだか今日はすんなり書けたぞ。よぉ?し、この調子で次ぎの原稿も書いちゃぉ…ん?
(山形大学農学部教授・専門はブナ林をはじめとする生態学)