2018年(平成30年) 9月27日(木)付紙面より
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今、求められているのは「公益」の実現 ●●● 鈴木 孝純
東北公益文科大学紹介パンフレットの理事長挨拶で、新田嘉一(にった・かいち)氏は「公益」を、簡明直截(ちょくせつ)かつ的確に述べています。
“公益とは「自立して生きること」です。自立した人間つまり社会に役立つ人間とは、「税金を納める人間」であって、「税金を使う側の人間」ではありません。自立した人間とは、地域で業を起こし、地域へ税金を納める人間になることです。(以下割愛)”
税というと一般的にはネガティブなイメージが付きまといますし、広辞苑には「国費・公費支弁のため、国家・地方公共団体の権力によって、国民から強制的に徴収する金銭など」とあります。一方、英英辞典「アメリカン・ヘリテージ」には、「tax」を「contribution(貢献)」という語を用いての説明もあります。ここで、新田氏の言を突き詰めると、税金とは皆で皆の社会を支えるための会費であり、自立した個人としてそれをきちんと自弁できる人間の育成、つまり法の定める義務を履行できる人材の育成が、結局は人間社会全体の幸せに繋がる貢献になるという達眼に行き着くと思います。
日本民族の善き精神を護持するためなら、他からの批判は意に介しないという新田氏らしいエピソードがあります。庄内農業高校在学時、山本四郎氏が同級生でした。山本氏は高校卒業と同時に警視庁に入り、警視庁柔道師範、関東管区警察学校主任教授などを経て、現在は講道館九段で(財)講道館指導部管理室参与の要職にあり、毎年、ドイツをはじめフランス・イタリアなど世界各国に直接出向いて柔道の普及と指導に当たっております。
その氏の高校入学当初はアメリカの占領政策下で、武道である柔道は禁止されていました。高校2年時に解禁されはしましたが、肝腎の柔道の畳がありません。その時、運動部の委員長をしていた新田氏は、運動部の予算の多くを畳の購入費に充てました。これには、新田氏が所属している野球部からも猛烈な批判があがり、翌年の選挙で委員長の職を外されたとのことです。しかし、もし、この新田氏の深慮断行がなかったら、山本氏は入学時からの希望であった地元就職をし、日本柔道界の重鎮としての活躍はなかったと思われます。
新田氏は、戦後日本に移入された民主主義はともすると利己主義に傾き、本来日本人の持っていた公益に係わる美徳が失われたのではないかとの疑念をもっていたようです。このような中で、日本が世界で発展していくためには、日本人の紛れもない美徳である思いやりの精神のもと、他に尽くすという「公の心」を育成し、個々人が日本国民の1人であるとの自覚を持ちながら自立して豊かに生きることが「公益」の実現となり、社会全体の発展に繋がると強く主張しているのです。
(三川町教育長、東北公益文科大学理事長補佐)