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2018年(平成30年) 3月21日(水)付け紙面より

子孫同士が交流 西郷隆盛と菅実秀の遺徳しのび

 西郷隆盛のひ孫・西郷吉太郎さん(70)=神奈川県川崎市、会社顧問=が20日、鶴岡市の松ケ岡開墾場を訪れ、庄内藩の重鎮・菅実秀の玄孫(やしゃご)・菅秀二さん(72)=鶴岡市=の案内で本陣や二番蚕室で行われている企画展を見学した。

 吉太郎さんは西郷隆盛とイトの長男・寅太郎の孫。父は法務大臣を務めた西郷吉之助氏。来庄は3回目で、松ケ岡は2度目という。現在松ケ岡開墾場二番蚕室では、明治維新をきっかけに開墾事業に大きな影響を与えた西郷隆盛と菅実秀の「徳の交わり」を紹介するとともに、遺徳を顕彰する企画展「西郷どんと菅はん」が開かれている。

 吉太郎さんは惠美子夫人(63)と共に菅さんの案内で展示を視察。西郷直筆の書をはじめ藩校致道館の教えや戊辰戦争後の寛大な処分、開墾の経緯などを解説したパネルなどを見学した。

 吉太郎さんは「興味深い内容だった。全て分かっていることだったが、菅さんの丁寧な説明もあり、じっくり見ながら確認することができた。西郷の書は優しい人柄が出ていて豪快だった」と感想。また初めて会ったという菅さんの印象を「兄のよう。初めて会った感じがなく親しみを持って話すことができた」と語っていた。菅さんも「初めて会った感じがしない。同じ過去を共有し合ったからだと思う。西郷翁のおかげでこの地域の現在があるということを伝えたい。感謝の気持ちで案内している。今後も日常的なお付き合いができれば」と話していた。

 企画展「西郷どんと菅はん」は好評で18日までに延べ1500人余りが来館。会期を5月13日まで延長するという。

西郷吉太郎さん(左)が松ケ岡開墾場を訪れ、菅さんの案内で企画展を視察した
西郷吉太郎さん(左)が松ケ岡開墾場を訪れ、菅さんの案内で企画展を視察した


2018年(平成30年) 3月21日(水)付け紙面より

雪解け水で身を清め「卒業禊」

 出羽三山神社神職養成所(鶴岡市羽黒町手向)の「卒業禊(みそぎ)」が20日、羽黒山中の祓(はらい)川で行われた。神職として巣立つ卒業生が奔(ほん)流の中で身を清め、2年間の修行を締めくくった。

 同神社は古くから神職の養成に取り組み、1962年からは神社本庁承認の養成所を開設。神職の専門知識を学ぶとともに山伏修行にも取り組む。今回卒業するのは、北海道や岩手県、宮城県出身の20―40歳の男女4人。

 青空も見える穏やかな天候となったこの日は午前7時すぎ、教官らと共に男性は下帯姿、女性は白装束姿で国宝・五重塔近くの祓川に到着。船をこぐような所作の「鳥船行事」で「エイホー、エイホー」と独特の掛け声を発しながら気合を入れた後、雪解け水で増水した冷水の中へ。

 肩まで漬かる流れの中、互いの体を支え合いながら一心不乱に祈りをささげていた。無事に終え、5分ほどで川から上がると全身が真っ赤に染まっていた。

 先頭で竹の梵天を支えた花坂成紀さん(28)=宮城県宮古市=は、「体の感覚がなくなるような冷たさ。無事に終え、すがすがしい気持ち。引き続き、出羽三山神社に神職として残り、人脈を広げ、修行を深めたい」と話していた。

身を切るような冷たさの奔流に耐える卒業生たち
身を切るような冷たさの奔流に耐える卒業生たち



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