2023年(令和5年) 5月12日(金)付紙面より
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能面師の坂井孝さん(76)=愛知県岡崎市=が、鶴岡市黒川の春日神社に伝わる神事能「黒川能」=国指定重要無形民俗文化財=に2つの能面を奉納した。翁(おきな)(白式尉(はくしきじょう))と三番叟(さんばそう)(黒式尉(こくしきじょう))と呼ばれるものでいずれも半年間かけて制作した。上・下座の役者は「作りたてなのに歴史的な重みが伝わる素晴らしい能面。私たちと共に常日頃、黒川能の継承を考えている坂井さんの厚意に深く感謝したい」と話している。
坂井さんが能面を作るようになったのは30年以上前。趣味が高じてこれまで100面以上を手掛けた。2014年に下座の能役者・蛸井伊右エ門さん(63)とフェイスブックを通じて知り合いとなり鶴岡市を訪れた。黒川能を鑑賞した坂井さんは「観客との一体感が素晴らしい。舞台に懸ける役者の心意気が見る心にダイレクトに伝わった。個人的にはこの地で500年以上も脈々と受け継がれている黒川能が能の原点だと思っている」とファンになったいきさつを語る。
2019年に上・下座にそれぞれ3つの能面を奉納。今回も「継承の一助となれば」との思いで寄進した。材質はいずれもヒノキで表情を巧みに表現してある。今月3日に春日神社(難波玉記宮司)で行われた例大祭で関係者や参列者に初披露。「式三番」で坂井さんが手掛けた面(おもて)を能役者が着けて舞った。
この日、カメラを持って訪れた坂井さんは「(自分が仕上げた能面を)役者が着けて舞う瞬間をこの目で見るのが夢だった。今日は最高の時間をいただいた」と感慨深げな表情を浮かべた。
坂井さん作の「翁」を着けて舞った下座能太夫の上野由部さん(70)は「初めて面を見た時、表情といい色合いといい、とてもよく表現されていると思った。黒川能を末永く後世に伝えていかなければならない使命感というものを新たにした。坂井さんのお気持ちとともに大切にしたい」と寄進に感謝した。
坂井さんの能面は今後も神事能で能役者が着けて舞う。普段は春日神社で保管するという。
【翁(白式尉)と三番叟(黒式尉)】
老人の笑顔をかたどった白黒2つの能面。翁は、白い顔に丸い眉と長いあごひげをはやし高貴な顔をしている。それに対して三番叟は、黒く日に焼け歯がまばらで親しみやすい表情をしているのが特徴だ。翁は一座の座長が、三番叟は狂言方が演じることになっている。国の平和と五穀豊穣(ほうじょう)を願う。