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こんにちは元気だのー 医療:最近の話題

今なぜ在宅医療

矢島 恭一 (上田診療所所長)

矢島恭一氏の写真

今からちょうど1年前のこと。90歳を過ぎたM子さんが、体調不良を訴え息子さんと診療所に来られました。それまでは、月に1回きちんと診察を受けに来られ、お家では、毎日日記をつけ、新聞を読み、身の回りのこと一切を自分でやってこられた。

そんなM子さんが、夏の暑さにやられたのか、急に食欲がなくなり、自分から点滴でもしたら回復するのではないかと考えたようでした。それから毎日点滴を続けてみたが、元気にならない。血液検査をすると、前回より急に貧血になっていることが気になりました。

「貧血がひどくなっているので、胃腸の検査をやってみたいのですが」と勧めてみたのですが、「もういつお迎えが来てもよい年になって、苦しい検査は受けたくありません」と、きっぱり拒否されました。

「じゃ横になっているだけでいいCT検査だけでもやってみませんか」の再三の勧めに、やっと同意されたのは、10月に入ってからでした。

検査の結果は、相当進行した胆のうがんでした。痛みがないのが不思議なくらいだったが、私もご家族も、ご本人にはあえて告知はしませんでした。

病名を告げたところで、延命処置を望まないことは、百も承知のことであったし、ご本人が一番病状を分かっているように思えたからでした。

その後高熱が続き、短期間の入院治療は受けられたが、「自宅で最期を迎えたい」と口癖のように言っておられた。最後の1カ月間は、歩くこともできなくなっていましたが、毎日訪問する看護師さんには、終始穏やかな表情で、「毎日来てくれてありがとう」と感謝の気持ちを必ず述べられた。嫁がれた娘さんが来られた後は、「今日は、気分がいいの」と元気になる。入浴サービスで入浴を行い、自宅に床屋さんを呼び整髪、昔の人らしく身だしなみは、いつもきちんとしておられた。

亡くなる前の日、これまで献身的に介護をしてくれたお嫁さんをそばに呼び、「これまで面倒を看てくれてありがとう。私はもうすぐ逝きますからね」とはっきりした口調で話されたという。翌日の未明連絡を受け、患家にうかがった時の穏やかな表情、ご家族の満足そうな顔が今でも忘れられません。

在宅医療は、このようにかかわった人すべてが満足いく結果をもたらすとは限らないのですが、ご本人の意思通りに、看とりまでうまくいった時の充実感は、いつまでも心に残るものです。

さてこのストーリーを通じて、私は三つのことを強調したいのです。

1つ目は、「自己決定権」ということです。「死ぬ時ぐらい自分の意思で」と思っても、家族の意向で入院させられてしまうことが多いのが現状です。これからの在宅医療の基本は、「自分らしい生き方」を貫けるかにかかっているのではないでしょうか。

2つ目は、介護保険のサービスを上手に使うことです。家族の介護には、限界があります。例に挙げたご家族は、息子さん夫婦が、専属で介護に当たっておられ、大変恵まれた環境にはありましたが、それでも訪問入浴やヘルパーさんの来訪を受け、最後まできちんとした身だしなみを保つことができました。

そして3つ目は、良好な家族関係です。感謝の念を忘れないというところに、介護者は「もう少し頑張ろう」という気持ちにさせてくれるものです。さらに付け加えるとすれば、訪問看護師さんの存在です。われわれ医師では到底できない、「温かさ」や「安らぎ」を患者さん自身のみならず、ご家族にも与えてくれるような気がします。

超高齢者が増えてきた今こそ、在宅医療の良さを見直してほしいと思います。

2007年8月7日 up

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