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地域情報化セミナー「地方に求められる情報産業企業」

「企業と智業の共働が支える地域」(2)

多摩大学情報社会学研究所所長・公文俊平氏
講演する公文氏の写真

身元のはっきり分っている人や以前からの知り合いのような少数の人たち同士で共働(コラボレーション)するのではなく、共働できる人を世界中から探し集めて財やサービスを生産することを「ピア・プロダクション」といいます。対等な仲間(ピア)同士が力を合わせて生産を行うのです。今日では、インドで設計したものを、シンガポールで組み立て、アメリカで売るというような関係が、ごく当たり前になってきました。そうだとすると、「企業」とか「地域」あるいは「国」を単位や基準にしてモノを考えること自体が適切ではなくなります。「地域おこし」とか「企業誘致」とか「我が国では...」とかいった考え方それ自体が古くなってきているのかもしれません。情報社会の人々、私が言うところの「智民」たちはいまや、いつでもどこでもグローバル・ネットワークとしての智業や企業に参加できるのです。つまり、「鶴岡をどうにかしたい」という時、自分は鶴岡に住んでいるが、しかし世界のグローバルなネットワークの1員になってコラボレーションに参加している。隣の人もまた別のネットワークで別のことをやっている、そういう人々が鶴岡中にいっぱいいるということになれば、全体として鶴岡が活性化しているといえるのではないか、それがタプスコットたちの議論の眼目です。

「グローカル」という言葉が一頃大変流行っていました。日本では大分県の知事をやっておられた平松さんがこの言葉を流行らせました。つまり、「グローバルに考えて、ローカルに行動しよう」というのです。私もなるほどと思っていました。ところが、世の中の動きはどうやらその逆になってきたらしいのです。身の回りの仲間や地域のことをまず考え、だからこそ世界にひろがるネットワークの一員となってグローバルに活躍するというのが、これからの情報化社会での私たちの中心的なライフスタイルになってくるのかもしれません。つまり、「ローカルに考えて、グローバルに行動しよう」ということになります。

ところで「智のゲーム」とはどういうゲームかと申しますと、利益・富を求めるのではなく、評判・説得力を求めて競う。これが智のゲームの特徴です。企業の富のゲームを消費者大衆が支えているように、智業の智のゲームにも、それを支えるサポーターがいます。それを「智民大衆」とか「智民群衆」と呼ぶことができます。こういう人たちは智業に対して二重の意味で個人情報を提供しています。一つは「自分自身(私)についての情報」です。私がどこに住んでいて、どんな家族構成で、学歴や履歴や年収はこうで、最近の旅行歴や購買歴はかくかくしかじかだ、こうしたことを全部教える。これに大きな価値があるのです。智業は何十万、何百万の人からそうした情報をもらって、適切な分析をすると非常に多くのことが分かるのです。そこから得られた結果を、情報を提供してくれた個人のために使うこともできますし、国や自治体の政策の参考にしたり、商品を生産したり流通させたりするさいの指針にしたりすることもできます。もう一つの意味での個人情報とは「私が知っている情報」です。私はある特定の分野や場所についてなら、他の人が知らないようなことを知っています。それ自体はそう大したことではないかも知れなくても、それぞれの部門や現場の人々がもっている情報を全部集めると、非常に有用な知識として使うことができるようになります。ですから、グローバルなネットワークができていて、何十万、何百万のサポーターが、個人情報を二重の意味で提供してくれると、智業はとてつもない力を持つことができるのです。

そうして提供される膨大な情報を、分析したり、解釈したりするための学問がこの2、30年の間に大きく進んできました。最近読んで面白いなと思った本があります。『スーパークランチャーズ』という本ですが、翻訳の表題は『その数学が戦略をつくる』となっています。ある種の数学的な手法を基にして、膨大な数値データを解析していく(つまり、ナンバー・クランチングをする)と思ってもいないようなことが分かったり、その正しさが証明できたりします。驚いたことに、そうしてえられる知識が、これまで専門家や権威ある経験者と言われていた人たちの知識を簡単に超えてしまう場合があるのです。ワインのお好きな方は『神の雫』というコミックをご存じでしょうか。そこには大変な能力を持った専門家がいて、彼の超絶した能力でワインの微妙な色や香りや味わいを感じ取って、的確な比較や評価ができるのです。しかし、スーパークランチャーのやり方ですと、あるワインが生産された年の生産地の気温や雨量など少数の変数をもとにして、簡単な方程式を作れば、何年後にはこのワインはどのくらいの値段になるのかなどの予測がすぐにできます。しかもその予想の精度たるや専門家と呼ばれている人たちの予想精度をはるかに上回るのだそうです。またたとえば、病院の集中治療室で感染症のために亡くなる人の割合を劇的に減らすには "看護師さんたちがきちんと手を洗えばいい"ということも、多くのデータを何年かかけてとって解析することで、反論の余地なく証明できたそうです。これからは、企業や病院や学校の運営、あるいは自治体や国の政策にも、こうした分析手法が取り入れられていくようになるでしょう。つまり、これこれの政策を打つとどんな結果が起こるかということを事前に予測するための膨大なデータと分析技術が実用の域にたっしてきたのです。その結果、そうしたデータをもつ人々とそれを分析する能力を持つ人々とが参加する「智のゲーム」に、政治も経済も取り込まれていくことになるでしょう。つまり、何百万、何千万の、いや何億、何十億の人々の共働によって、新しいタイプのグローバルな経済や政治や行政が可能になってきているのです。そうした点に目を向けてみますと、私たちは新旧の交代局面にいるということを改めて感じるわけです。

>> 「企業と智業の共働が支える地域」(3)

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公文 俊平 (くもん・しゅんぺい)
わが国の情報社会学会の創設者。経済企画庁客員研究官、東京大教養学部教授、国際大グローバル・コミュニケーション・センター所長、代表など歴任し、現在は多摩大情報社会学研究所所長。
>> 多摩大情報社会学研究所
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