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「競り」から「相対」へ/番外編 一日を追う(下)

「今日は土曜日。週末は外食する家が多いので、底引き網漁解禁の日といっても、あまり仕入れないのでしょう。仕方ないですね」。手塚太一専務が「警戒シフト」の背景を説明した。

この日、鶴岡市場に揚がったハタハタはごくわずか。ほとんどの仲買人は仕入れることができなかった。

「どの船も単価が高いハタハタに向かったが、空振りに終わり、カレイやエビ、スケトウダラに走った。原油の高騰で燃料費が上がり、若い人を雇えば日当を出さなきゃならない。船主にとっても苦しい時だね」。鼠ケ関の荷主が「解禁日」の漁の状況を説明した後、「まだ気温が高い。涼しくなればもっと良くなるよ」と期待を口にした。

最近の市場内の取引は、競りより「相対(あいたい)」が増えているという。相対とは売り手と買い手が1対1で話し合い、値段を決めていく方式だ。「品物がたくさんある時は競りにかけますが、少ない場合は仲買人さんも早く買おうとするので相対が多くなります。競りの方が安く買えますが、相対だから高いかというとそんなことはありません。われわれがふるいにかけているから、需要にあった価格になっています」と太一専務が市場の役割についても解説する。

鶴岡魚市場の競りは価格をだんだん下げていく全国でも珍しい「下げ競り」方式。品物が少ないこの日、相対で取引が行われていた。

午前6時前、競りが行われ、「カギ」を手にした太一専務の符丁が場内に響いた

「競りがないとおもしろくないでしょう。やりましょう」と太一専務。「からん、からん」と鐘の音が響き渡り、午前5時55分、競りが始まった。「カギ」と呼ばれる、先に長い棒を持った太一専務が、市場独特の符丁(暗号)を使ったかけ声で仲買人たちに参加を促す。

「魚の名前と大きさ、『ここ一列』など並んだ箱の範囲を示して値段を提示しているのです」。太一専務が後から解説してくれたが、「クチボソ」という単語が聞き取れただけで、あとは何を話しているのか全く分からなかった。「警戒シフト」もあるのか、仲買人たちの反応も今ひとつだ。

「昔は競りをやると、仲買人たちは肩を組んで押し合いながら参加した。声を出すのが同時だったらじゃんけんで決めたものです。だから活気があった」。手塚克也社長が往時を振り返る。

市内の料亭の主人が顔を出した。「市場に来ると思いがけないものに出会える。今日の予約客に合う魚を探しにきました」。毎日市場を訪れるという主人が市場の魅力を語った。

並んだトロ箱にタラが入っていた。「もう捕れているんですよ。白子は入っていないが、身はおいしい。煮物にして冷やしたり、スープ用にするといい。冬なら5倍の値が付きます」と克也社長。「消費者も食べ方を工夫しなくなった。それが昔との一番の違いです。われわれにも責任の一端はあると思いますがね」と続けた。

午前7時、市場の取引が終了した。残った魚はどうするのかという疑問に太一専務が「市場に来られなかった人に配達したり、値を下げてお得意先に買ってもらいます。卸売業者と仲買人はお互い助け合っている面もあるのです」と答える。

2時間ほどかけて片付けをした後、スタッフは事務所に上がった。その日の売り上げを鮮魚、冷凍、加工品などに分けてパソコンに打ち込んでいくためだ。数時間前までトロ箱の積み卸しをしていた手がパソコンのキーボードをたたく。市場にも時代の波が確実に押し寄せている。

朝食は午前10時すぎに手の空いた人から食べていく。この日はカレーライス。「うちの母親が作っていきました。毎日、普通の家庭料理です。市場の食事だからといって、裏メニューなんてありませんよ」。太一専務が笑った。打ち込み作業を終えたスタッフは昼ごろ帰途に就いた。

日本人の魚離れが言われる今、魚市場関係者は「魚食」をいかに広げるかに頭を悩ませている。「消費者に魚のおいしさを知ってほしい」。「魚市場旬だより」は太一専務のそんな思いから生まれたシリーズだ。

(鶴岡水産物地方卸売市場手塚商店専務・手塚太一)
2006年9月13日付紙面掲載

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