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藤沢周平書籍作品あれこれ

玄鳥ほか(1)

前回は、海坂藩に生きる人々の中から、理想の父親像・男性像として描かれている人物を取り上げた。「海坂藩にはそういう人物が結構多い」と書いたが、それでは反対に嫌われ者は多く登場するだろうか。藤沢さんの時代小説は単純に善玉・悪玉に分別される、いわゆる勧善懲悪の筋立てではなく、複雑で底知れない人間像を描くことが多いので、善だ、悪だと決め付けられない。しかし、多くの作品を読んでゆくと、おのずと作者の嫌いなタイプの人間が浮かんでもくる。今回はそんな人間をひろってみたい。

まず第一には、権力を笠に着て、いばったり、弱い者いじめをするような人間が挙げられる。大体は主人公に対して悪役の立場に置かれる、わかりやすい嫌われ者だ。類型的に描かれやすい。次には、酒癖の悪い男。もっとも酒癖が悪いだけであまり害のない人物もいる。例えば、『悪癖』の主人公・平助は酒に酔うと誰かれ見境なく人の顔をペロペロとなめる奇癖があるが、この男などは愛嬌さえある。また、『酒乱剣石割』の主人公、弓削甚六も、酒乱ではあるが剣豪としても腕を認められている。酒を飲まないと、その剣の腕が冴(さ)えないのが欠点で、普段はいたって温和な男である。

旧風間家住宅の立派な武家門(薬医門)。玄鳥には長屋門と出てくるが、市内には長屋門は残っていない

しかし、酒乱で、弱い者を苛(さいな)むような男は最低である。例えば、『三屋清左衛門残日録』に出てくる小料理屋「涌井(わくい)」のおかみ・みさの最初の夫がそれだった。酒毒におかされているばかりでなく、酔ってはみさと家族を苛むようなひどい男だったので、みさは隣国から、清左衛門の住む海坂藩に逃げてきたのである。みさは男運が悪く、小料理屋を営んでからも、たちの悪い暴力的な男にお金をむしられたりしている。『祝い人助六』にも似たような男が登場する。助六の幼なじみ・飯沿倫之丞の妹が嫁いだ相手も酒乱で、「冷酷な本性」をもち、「人を苛んで喜ぶような男」だった。映画「たそがれ清兵衛」では、宮沢りえさん演ずる朋江の前夫、甲田豊太郎がそうである。

「玄鳥ほか(2)」へつづく

(筆者・松田静子/鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問)
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