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藤沢周平映画作品あれこれ

「隠し剣 鬼の爪」庄内ロケ風景14

17日間のロケで見せた素顔。左は富塚陽一鶴岡市長

女性はしぐさが美しいと、全体にきれいに見えるものである。言葉遣い、立ち居振る舞い、思いやりのある態度など、動く姿勢をさして世間では品のあるなしを断じる。

「でも、それがね、今は崩れてしまって…」

若い娘に

「そこでお辞儀をして」

と、指示を出すと、申し訳程度にぴょこんと頭を下げるのだそうである。

「あのね、お辞儀というのは相手がある礼儀のひとつなんだからね」

器械運動のように首だけ下げれば良い、というわけではないのだ。相手の目を見て身体ごと礼をする。気持ちを入れてやらなければ意味をなさないことを説かなければ、まともにやってくれない。

山田洋次監督は時代劇を撮る前に、そうした場面をたびたび経験していたので、例え向きを変える動作でも、自然に品良く、見て納得のできる所作にこだわった。

着物を着て、鬘(かつら)をかぶり、畳を歩くのに裾さばきがきこちなくなってはおかしい。小股が切れ上がった女ではないが、きびきびした動作で武家の暮らしが出るような、立ちひざから上半身を起こす間おきにも、注意をうながした。片桐宗蔵の妹、志乃(田畑智子)は明るく、くったくのない娘だったが、友人に嫁ぎ、若妻になってからは機転のきく女性に成長した。兄と夫に説教をしているご長老の怒りを見かねた彼女が

「おんつぁま、庫裡の方さ酒用意してあっさげ」

と、ころ合いを見て声を掛ける。話題を切り替えるタイミングをはずさず、気を利かして無難に助け舟を出し、そらさせるワンシーンである。

「ここはね、放っておけばもめごとになる。うまく仲介者になって引き上げさせる導き役だからね。手を貸して、怒りを和らげさせ、まあ、まあと受け止める」

ゆったりした落ち着きと、にこやかな眼差しで老人たちを安心させる。そのため、彼女を中腰で迎え、応対させた。ひとつの動作が、躾(しつけ)や家柄や性格を表現するように撮られており、監督は何回も

「タイミングをはずさないようにね。立ち上がる時、おっつぁまの体をちょっと支えてください」

と、身体の回し方を自分でやってみせた。

「おやっ、いい女だな」

と、思った老人がつい

「おめぇ、誰だ」

そう聞いて立ち上がり

「宗蔵の妹でがんす」

と、引き取る流れにはよくあるささいないざこざで、一同の空気を強(こわ)ばらせていたのを、ふっと変えさせた。どこの家でもたまたま日ごろ顔を合わせていない親類が集まると、感情の行き違いが生じたり、声を荒立てたりする場が出てくる。

「そうね。映画を見ている観客が、思い当たるところがある、それがぼくは大事なことだと思うんですよ」

人と人との付き合いの裂け目からのぞく細かな情や、磨き込まれた言葉でその情景を表現する。

「見ている人が懐かしいとか、忘れたものを思い出す。そうなんだとうなずく場面が欲しいのね」

人間のよしなしごとを見逃さず、丁寧に撮り込んでいく監督自身の姿勢がそこかしこに散りばめられていた。

「藤沢周平さんの小説は山場とか、起伏が少ないので映画にはしにくいんですよ。声高にうたわないでしょ」

そう言いつつ、藤沢作品のきめ細やかさと恥じらいの神経を損なわず

「藤沢さんならばこう考えられただろう」

作家のメッセージを伝え、声に応じるがごとく温かい配慮で撮られた現場は、世故たけた監督の目を通し、思わぬところへライトが当てられていく感じであった。撮影の進行中は、時に台本からこぼれたユーモアがついてくる。

(筆者・水戸部浩子論説委員)
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