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藤沢周平書籍作品あれこれ

海の幸(2)

「海の幸(1)」 からのつづき

かつてはこうした漁港から魚を売るために行商した婦人がたくさんいたものだ

大きい数の子がはいった鰊を一箱買って、お米と引き換えていた光景を見た記憶のある人は案外多いのではあるまいか。そのような働き者の女性を子供のころの藤沢さんは実によく観察していて、先に引用した文の後に続けて次のように述べている。

「塩干物専門のオバサンは、海岸のKという港町から来る人で、面長で色が黒く、身じまいのきりりとした女性だったが、家に来ると上がり框(かまち)に腰を下ろして長い間母と茶飲み話をした。笑うと一本だけ金をかぶせた歯が光ったことなどが記憶に残っている」

さらにこの女性は、「旧家の主婦といった、どことなく上品な感じをあたえる」人だったとも述べているが、少年の観察眼の鋭さ、記憶の良さに感心する。働き者の女性のイメージを見事につかんでいる。

海の幸を運んでくれた女子衆の明るさの陰には、もう1つ大切なものが隠されている。海で働く男衆がいつ遭難するかもしれない不安が、常に存在するということである。いつも夫や息子が舟もろとも帰らぬことになるかもしれぬ危惧(きぐ)を背負うものの明るさなのである。そういう、年輪を重ねた女性の美しさを、子供ながらに藤沢さんは鋭く見抜いているのである。

『龍を見た男』には油戸の漁師が出てくる。源四郎という荒れくれ者の漁師と、彼の獲った魚を鶴ケ岡や大山に売りにゆく、働き者で信心深いおりくという女房の話である。甥(おい)が海にのまれて死んでしまっているし、源四郎も霧の夜、漆黒(しっこく)の闇(やみ)の中、港を見失う。浜中の沖にまで流された源四郎を助けたのは善宝寺の龍神だった。このように海は人間に大いなる幸を与える一方で、災いも与えてきたのである。

(筆者・松田静子/鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問)
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