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藤沢周平書籍作品あれこれ

秘太刀馬の骨(ひだちうまのほね)(2)

「秘太刀馬の骨(1)」 からのつづき

また、藩内の権力争いや登場人物の各々の家庭の問題など読み応えが多い。中でも興味深いのは、浅沼半十郎の妻、杉江の人間像である。杉江は1年ほど前に男児を病気で亡くしてからずっと心を病んでいる。重い気鬱(きうつ)の状態で、半十郎の家庭は暗い。杉江は半十郎の親友である谷村新兵衛の妹で、4つ年下である。その友人新兵衛が義弟となる半十郎を誘って一緒に下城する途中、妹のことでつい責め口調に話す。その場面が庄内弁でのやりとりである。

例えば「貴公がもう少(ちこ)しいだわってやれば、薬とり効き目あんなでねえがのう」というように、「少し」にわざわざ「ちこし」とルビをふってあるのも面白い。また「女房をいだわらねまねさげ、お役に立てませんとは言えぬわ」という半十郎のセリフ「-まねさげ」は庄内弁独特の言い回しであり、同時に半十郎の仕事第一の生き方もちゃんと反映させている。

また、他の男たちのセリフも庄内弁で、例えば「それはご大儀(でえぎ)だの」とか、「ほかはみなさん、休みでがんすか(ござりますか)の?」といった具合に出てくる。「春秋山伏記」にも庄内弁が豊かに出てきたが、こちらは城下町言葉らしく丁寧な言葉が多く登場する。

五間川に架かる「千鳥橋」の上で「秘太刀馬の骨」の秘剣がふるわれた=内川に架かる大泉橋

さて、杉江であるが、幼いわが子の命を救えなかったことを責める気持ちにとらわれている。夫の半十郎が仕事にかまけていて、医者を呼ぶのが遅れたせいだ、とも思い込んでいて夫を疎む。亡児の姉に当たる娘の面倒を見ることさえ厭(いと)う。この娘はまだ5、6歳(数え)で親に甘えたい年ごろなのに、父母のいさかいを気遣い、母の病を心配して家事を手伝ったりする健気な女の子なのである。絶えず母親の機嫌をうかがい、一喜一憂するこの娘の心の傷も気にかかる。特に、母親の目の前で野犬に襲われたとき、助けてくれたのは母ではなく、下僕だった事件があって、この時のショックは一生残るのではないだろうか。父にも「娘なりとも、武士の子が犬ごときを恐れてはならん」と叱られ、「はい」と答える。

杉江は夫になぜわが子の危機を救ってやれなかったか激しく叱責され、初めてわれに返る。悲しみに打ちひしがれた表情を見せる杉江は心の病を一層強くしてゆくのか、それとも癒えるのか。この杉江がどうやって立ち直るのか、その心理の動きをたどるのも、この小説の読みどころのひとつである。

幼子を病気や事故などで亡くした母親の心の傷の深さ、また、家族がどう支えてゆけばよいのか、生き残った者同士の辛い日常を乗り越え、もう一度絆を固めてゆくことの大切さなど、いろいろ考えさせられる。「秘太刀馬の骨」探しのミステリー解きと並行して描かれている心理劇。なかなか読み応えのある傑作である。

(筆者・松田静子/鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問)
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