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藤沢周平書籍作品あれこれ

藤沢周平忌

毎年多くのファンが訪れている時代小説の名手・藤沢周平氏の生誕碑

虎落笛(もがりぶえ)がきこえる。窓を打つ風雪がやがてピシッピシッと音をたててガラスを凍らせてゆく。大寒に入っていよいよ寒さも極まる平成9年1月26日、藤沢周平さんの訃報をきいた。深夜であった。茫然として外を眺めると雪は降っているが、薄白い闇は一種の静謐(せいひつ)さをもたたえていた。悲しいけれども、いかにも藤沢さんの旅立つ夜にふさわしいとも思った。故郷にいつも心をむけていられた藤沢さんにとっては、雪景色も懐かしい風景のひとつだったに違いない。色紙を懇望されると多くは「軒を出て 狗寒月に照らされる」という自作の句を書かれたという。寒の季節には、月も動物も、人も樹も凛としている。寒月のごとく白々と冴えわたる雪の天空は、藤沢さんの魂を導くのにもっともふさわしいと、その作風やお人柄などを偲びながら私はふとそう思った。

『静かな木』という小説には冬枯れの欅が出てくる。海坂藩の五間川近くの寺の境内にある大樹である。葉を落としたその老樹を「空にのび上がって見える幹も、こまかな枝もすがすがしい裸である」と描き、主人公には「あのような最後を迎えられればいい」とつぶやかせている。この欅の姿は藤沢さんの作品に出てくる人たちに共通する生き方を象徴している。何も持たず、無口であるが凛としてやさしい人たち。すがすがしい生き方を貫く人が多く登場する。懐かしい海坂藩や江戸の下町。

雪野原のむこうにまぶしい白さの月山、近くには杉木立と雪のモノトーンの金峯山、光のはじける雪とその陰の青白い闇の色合いの深さ。こんな美しい風景をよく観よ、と私は藤沢さんの作品を通して教えられた。また故郷をみる目の中にその変容をあやぶむ悲しいお気持ちがあることも知った。読者に多くの贈り物を残して下さった藤沢さんを偲び、合掌瞑目して忌日を迎えたい。

(筆者・松田静子/鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問)
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