藤沢周平氏の時代小説を特色づけるものとして、その風景描写の見事さが挙げられる。時代は江戸のころ、場所も大江戸の深川であったり、浅草や神田であったり、また架空の藩である海坂藩であったりで、現代とかけ離れているにもかかわらず、そこに描かれている風景を読むと、ありありと眼前にその風景が浮かんできたり、懐かしい。一種の郷愁に似た感情がわいてきたりする。
例えば大江戸の深川あたりの小さな橋の上で、川面にあたる光がきらめくさまを主人公が眺めている場面、夕焼けの空の下に、既に闇につつまれようとしている町並みの描写など、その的確な表現、繊細な語り口で読む者を魅了する。いつしか時を超え、場所を超えて、その場に佇んでいるかのように思わせる筆の力がある。
ましてや、私たち庄内の人間にとっておなじみの山や川が登場する作品となれば、一層感慨が深くなるというものである。例えば、月山の残雪に夕陽があたって紅色に輝いている光景などは、誰もが目にしていると思うが、小説の1カットとしてその描写があらわれた時の思わぬ感動-これこそ小説を読む愉(たの)しさであることを教えてくれる。
そこで、ふるさと庄内を藤沢周平氏はどのように描いているかを、作品の中からいくつかあげて鑑賞し、その風景描写の見事さを捉えてみたい。
「挫折からの出発」へ続く