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藤沢周平書籍作品あれこれ

藤沢周平を語る

故郷を思う心

藤沢さんにはエッセイが沢山あるんですが、それを読みますと、『自分の目と心は常に故郷の方を向いていた』そう仰っています。生まれ育った庄内が恋しくてたまらない、山も川も食べ物も人もみんな恋しくてたまらない、というその思いが時代小説に込められます。例えば『春秋山伏記』などには純粋庄内弁を語らせているんですよね。内陸の方には分からないと思いますが、お父さんのことは“だだ”、お母さんのことは“んま”というような庄内弁が出てきます。今は使われていないんですよ。ほとんど死語になってしまいましたが。“んま”“だだこっちゃこい”とかそういう言葉が出て来るんですね。そういう言葉も懐かしい、恋しい、いろいろ昔育った山や川、あるいは働いた田圃や畑、そういうものが藤沢周平さんの頭の中を常に渦巻いていたと思うんですね。ですから、海坂藩ものを書くのは望郷の念を紛らわすためのものであったかもしれません。海坂を書けば故郷が見えてくる。海坂藩というのはこの世にない架空の藩ですけれど、下地としては自分の生まれ育った庄内を思い浮かべながら書いていますので、出てくる食べ物であるとか川であるとか山であるとか、まさに庄内で見られるものが沢山出てきます。特に『用心棒日月抄』以後の作品では、海坂といえば庄内とほとんど重なってきます。例えば、三屋清左衛門がちょっと飲みにいく紅梅町にある小料理屋さん、きれいな女将がいる小料理屋さんは七日町のあの辺だろうとか、みんな重ねて読む楽しみがあります。実際、藤沢さん自身もそうやって故郷への思いをはき出していたと思われます。

ただし、単にそれだけでしたら小説としては面白くないわけですけれど、この海坂藩ものというのはいろんな読み方があると思いますが、例えば権力への抵抗というか反権力というかそのようなテーマが貫かれています。有名な『蝉しぐれ』という小説を例にしますと、主人公の牧文四郎少年が成長して、やがて郡奉行として位まで上がっていくサクセスストーリーとして読むこともできます。あるいは青春物語だと読み取る人もいますね。確かにそういう一面があって、『蝉しぐれ』は高校生に読ませるにはいい作品じゃないかなと思います。苦しいことがあっても先に希望がある、じっと耐えていれば或いは誠意を尽くしていれば必ず報われるということを教える一面も『蝉しぐれ』にはありますので、高校生に読ませるには『蝉しぐれ』は最適だと思います。しかし、もう一つ大事なことは、お金も権力もない下級武士の家の少年と少女が、上の力によって人生を狂わされた話とも読み取ることもできます。隣家のふくという女の子が、順調に行けば多分文四郎のお嫁さんになったと思われるようなストーリーなんですけれど、ふくに藩主の手が付いて文四郎には届かない所に行ってしまうのです。或いは文四郎のお父さんが藩の権力抗争に巻き込まれて切腹していまう話であるとか、そういうのを突き合わせていくと、『蝉しぐれ』は力のあるものが力のないものの人生をねじ曲げていいのかといった反権力のテーマが隠されているようなんですね。いろんなテーマが隠されていて、単に望郷の念だけではおさまらないというところが藤沢文学の奥の深いところだと思います。

「藤沢周平を語る5 作品の魅力(上)」へ続く 

(山形県高等学校司書研修会講演より)

(筆者・松田静子/鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問)
海坂かわら版
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