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藤沢周平書籍作品あれこれ

権力を握った男(2)

『風の果て』は、多くの海坂藩ものの中で最も荘内藩に近い物語である。時代的には、明和のころから文政のころの荘内藩に起こったことが、いくつか取り入れられている。勿論、架空の物語であるから全て時代が重なるわけではないが、たとえば藩校を興し、徂徠学を取り入れたこと、幕府の命で日光東照宮の修理をしたりして財政難に陥ったこと、度重なる凶作のため百姓は勿論、武士たちも困窮したこと、藩主の参勤交代の折には旅費が底をつき福島で足止めを食ったこと等々、荘内藩で実際あったことが取り入れられていて興味深い。

実は、桑山又左衛門の原型とも見られる人物は、直木賞受賞作の『暗殺の年輪』に登場している。主人公の葛西馨之助に命を狙われた嶺岡兵庫という中老がそれである。嶺岡兵庫は実力のある政治家で、藩校を興し、新田を開発して藩の財政を立て直し、20年もの間藩政を牛耳っている。藩内の富商と手を組んで大事業を手掛けるが、政敵も多く、結局暗殺される。この執政者をクローズアップし、主人公に仕立てて物語を構築したのが『風の果て』だと思われる。嶺岡兵庫も郡代から中老へと出世していった男である。権力を握った男の最後は、『暗殺の年輪』と『風の果て』に共通点が見られる。前者は暗殺されて命を失い、後者は少年時代の友人に決闘を申し込まれている。共に敵対する者が多く、友を失う、といった孤独な権力者なのである。

『風の果て』の面白さは、主人公の設定の特異さばかりではない。少年時代の隔てのない付き合いが、成長するにつれてちぎれてゆく様は人生の悲哀を覚えさせる。又左衛門の政敵となった男は、昔の道場仲間である。杉山忠兵衛といって、もともと家老の家柄に生まれ、1000石の大家の跡取りだったが、身分のまるで違う上村隼太(後の又左衛門)や、ほとんど足軽に近いような身分の三矢庄六、寺田一蔵らとざっくばらんな付き合いをしていた。野瀬市之丞を含めた5人の少年の仲睦まじい間柄は、ほんの瞬きの間に過ぎ、身分の差、運命の差のために大きく隔たってゆく。それを知ったとき、又左衛門は自分の青春の終わりを感じている。今の子供たちにも当てはまる話ではないだろうか。中学生ぐらいまでの隔てのない友情の何という脆さ。そういう惜春の情もこの小説から読み取れる。

「権力を握った男(3)」へ続く 

(筆者・松田静子/鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問)
海坂かわら版
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