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底引き解禁地物続々と/番外編 一日を追う(中)

仕入れた鮮魚を自転車に積む女性仲買人。店と市場を何度も自転車で往復していた

トロ箱に入った鮮魚が市場内に次々と運び込まれる。仲買人たちが目を皿にして魚を見つめる。

「おれ、こっちがいい」。気に入った箱を指さす。クチボソが占める割合が圧倒的に高い。カレイのほかにアマエビ、コダイ、スケトウダラ、ウマヅラなどが並ぶ。魚体につやがあり、どの魚も目が澄んでいてきれいだ。

「そっち何だー」「コダイが来た」「クリ(ヤナギガレイ)だー」「ハタハタ、待ってました。もらうぞ」。威勢の良い声が飛び合い、場内は活気に包まれる。浜から魚を持ってきた出荷主から卸売業者へ、そして仲買人へと鮮魚が渡っていく。

「今日は地場物の搬入が早いようです。ふだんは5時ごろですからね」。待ちに待った底引き網漁の「解禁日」。場内の人たちの顔も明るい。

売り先が決まった箱には名前や屋号が記入された紙が入れられる。「帳面付け」と呼ばれる手塚商店のスタッフがバインダーにはさんだ用紙に取引内容を記入していく。「魚市場では現金取引はしません。レシートもありません。後で伝票を場内にある各仲買人の状差しに入れていきます。数日ごとに精算します」と手塚太一専務が説明してくれた。

「これは地物。見れば分かる」。トロ箱を見ながら品定めをしていた仲買人の女性が教えてくれたが、素人には区別がつかない。「クチボソ、ハタハタみんな旬だ。うまいよ。小さなコダイはつくだ煮にして商売屋に売るんだ」。市場近くで鮮魚店を経営するこの女性は、仕入れた魚を自転車の後部席に乗せた。「何度も往復するのさ。車よりずっと早い」と笑顔を浮かべ、闇に吸い込まれていった。午前4時をすぎても外はまだ暗い。

「太一さん、これ持って行って」。太一専務を呼ぶ声が場内に響き、携帯電話もひっきりなしに鳴る。「注文もありますが、今日の状況を聞いてくる人もいます」と笑う。場内の出入り口近くで公衆電話の受話器を取り、仕入れ内容を報告している女性仲買人の姿もあった。使う人は少ないが、街中でめったに見なくなったピンク色の電話もここでは健在だ。

「あんたもちょっと休んだら」。仲買人の一人に声をかけられ、木製の台に腰を下ろした。「太一君はまじめで人間ができている。昔の魚屋はあんな風じゃなかった。『買いたくないなら買うな』という調子で気も荒かった」と仲買人が市場の変化を語る。

「どいたどいた」などの声が飛び交う「戦場」を想像していたが、市場の人たちは意外に物静かで優しい。事前に描いたイメージとは違っていた。

手塚克也社長は「私は平成10年まで鮮魚の責任者で競りもやっていた。旬でないものは鼻も引っかけなかった。産地から『送っていいか』と聞かれても断った。しかし、息子の代になって変わってしまった」と昔を振り返る。

場内に運ばれた鮮魚を仲買人が品定めする

克也社長が続けた。「15年ほど前まで山北町では朝に刺し網を上げ、あばさんたちが捕れた魚を早朝の列車で鶴岡駅まで持ってきた。それをわれわれが受け取りに行きました。近所の人に買い物を頼まれ、おばさんたちは買い出しをしていった。『日渡(ひど)し』と呼んだものです。便利屋さんでもあったんです」と懐かしむ。

「ハタハタ揚がらなかったか―」。仲買人の問いに「関(鼠ケ関の荷主)は誰も買ってない」と応じる声が上がった。お目当てのハタハタはなかなか搬入されない。「みんな警戒シフトですね」。午前5時半、魚がでそろったころで太一専務が「底引き解禁日」の市場の状況を分析する。東の空が白んでいた。

(鶴岡水産物地方卸売市場手塚商店専務・手塚太一)
2006年9月12日付紙面掲載

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