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藤沢周平書籍作品あれこれ

盲目剣谺返し(2)

「盲目剣谺返し(1)」 からのつづき

滝のそばの祠(ほこら)。花や供物があった。杉の巨木に囲まれている

盲目となってからの新之丞は「心が深く沈潜して内側にむ」き、外界に対する感覚が研ぎ澄まされてゆくようになる。視覚を失った代わりに触覚や嗅覚(きゅうかく)などの感覚が鋭く周囲の気配を察知するようになった。その感覚が捉(とら)えたものは妻の不倫の匂(にお)いである。近習組頭の島村藤弥という卑劣な男に騙(だま)されたのであるが、事実を知った新之丞は妻を離縁する。そして、かつての上役であった島村に果たし合いを申し込む。その斬り合いの前の心理を藤沢さんは次のように描いている。

「新之丞は、暗黒の中にゆったりと身を沈めた。心を勝負から遠ざけ、生死から離した。一度は死のうとした身だと思ったとき、死も静かに心を離れていった。新之丞は暗黒と一体となった」

として、卑劣な男の取った卑劣な手段による一撃をはねのけて相手の頸(くび)を正確に切ったのである。この必死の剣を「谺返し」といった。その後、新之丞は老僕と2人の侘(わび)しい毎日を送るが、ある日、老僕の徳平が雇ってきたという飯炊きの女が、離縁した加世であることにすぐに気付く。その女の作る料理は紛れもなく自分の舌に最も馴染(なじ)んだ味だからであった。

最後に描かれている2人のやりとりが心にしみる。加世の作る料理は蕨(わらび)たたきである。蕨をたたく音、独特の香り、その料理がきっかけで新之丞が妻にいたわりの言葉をかけ、許されたことを知った妻が号泣する場面では、思わず涙を誘われる。「蕨たたき」という独特の料理がここでは大きな効果になっている。

ところで、加世が願をかけて通ったという不動様のイメージがわくようなお寺はどこだろうか。先日、高坂の人たちの集まりで、湯田川の藤沢にそれに近い不動様が祀(まつ)られていることを教えていただき、早速お参りに行った。

不動明王が顕(あら)われたという滝。小さいながらも深山の滝の趣がある

藤沢の西側の山伝いの道を南に行くと山に抱かれるようにして、その御堂があった。老杉に囲まれて御堂がひっそりと建っている。裏には小さいながらも水量の豊かな滝があり、不動明王が顕(あら)われたといういわれのある滝の雰囲気を漂わせていた。祠(ほこら)もあり、供物の果物や光る物(鏡など)が並んでいて信者の多いことを裏付けていた。城下から丁度1里ぐらいの場所でもあり、ペンネームの由来でもある藤沢集落にあるこのお不動様を藤沢さんもお参りされたのだろうか、と想像をめぐらせた。

それにしても、「隠し剣」シリーズに限らず藤沢作品に登場する剣客の技の描写はすごい。その多彩な剣法の数々は、藤沢さんが資料をもとに研究された上での描写だという。このような剣法への興味の原点を子供のころに見た坂東妻三郎演じる「魔像」という映画にあるようだ、と『隠し剣秋風抄』のあとがきに述べている。ほかにも多くの小説や映画の影響があったことをエッセー等で述べているが、実は黄金地区は昔から剣道がさかんであり、金峯神社での奉納試合で競ったことなどの伝統があったことも大きな要因にちがいない。

今でも黄金小学校のスポ少には剣道があり、指導は昔の少年剣士であった人々が担っているという。こうした地域の伝統が、そこに住む子供たちの魂を育ててゆくのだと思った。

(筆者・松田静子/鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問)
関連リンク
  • 2006年12月1日 全国ロードショー「武士の一分(いちぶん)」原作
    山田洋次監督による、藤沢周平時代劇映画三部作完結編
    監督:山田洋次、主演:木村拓哉
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