「盲目剣谺(こだま)返し」は「隠し剣」シリーズの一番最後の作品である。このシリーズは昭和51年から55年まで、「オール読物」に連載され、『隠し剣孤影抄』と『隠し剣秋風抄』の2冊の単行本になった。「あとがき」で藤沢さんは、シリーズは3カ月に1作という間隔でよかったので楽しみながら書けて幸いだった、と述べておられる。
特に、1作ごとに秘剣が披露されるため、剣豪ものが好きな人にとっても楽しみな作品であろう。一方では凄惨(せいさん)な斬(き)り合いの場面も多く、主人公が切り刻まれて果てる、というストーリーも少なくないので、読むのが辛(つら)い、という読者もいる。例えば「必死剣鳥刺し」(『隠し剣孤影抄』の第4話)や「陽狂剣かげろう」(同秋風抄の第4話)などは、主人公が「襤褸(ぼろ)のように斬りきざまれ」る暗い結末である。
『蝉(せみ)しぐれ』や『三屋清左衛門残日録』などの穏やかさに慣れた読者には少々こたえるかもしれない。剣客の負っている宿命なのだろうが、斬り合いはどちらかが(あるいは双方が)流血して死に至るまで続く。その凄(すさ)まじさを藤沢さんの筆は描いている。
映画「たそがれ清兵衛」では映像によってその迫力を見せられた。刀と刀とのぶつかり合う怖さをリアルに感じ、映像の持つ力のすごさも味わうことができた。
さて、「盲目剣谺返し」であるが、このシリーズの中では比較的穏やかなストーリーである。もちろん斬り合いがあり、生と死を一瞬にして分かつときの描写は他作品と同じなのであるが、主人公の不幸を包みこむ女性の存在が温かく、結末も破滅的でないのでホッとさせられる。
主人公の名前は三村新之丞。両親は早く死に、老僕と5年前に嫁に来た加世との3人暮らしである。藩校自修館では秀才といわれ、木部道場では麒麟児(きりんじ)と称(たた)えられた男で、海坂(うなさか)藩主・右京太夫頼近の近習組の1人として勤めていた。この将来頼もしい若者に不幸が襲う。
ある日の昼食の毒見をした新之丞は貝の毒にあたり、それが原因で失明する。藩主をはじめ多くの人の命を救った代償として光を失ってしまった新之丞である。その夫の手を取り、手厚く介護する妻の加世。彼女は月に1度、城下から1里もある道を1人で歩いて不動尊にお参りにゆく。眼病に効験あらたかという不動尊である。ひたすら夫に尽くす加世であるが、彼女には秘密があった。
「盲目剣谺返し(2)」へつづく