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藤沢周平書籍作品あれこれ

菜園のある屋敷(2)

「菜園のある屋敷(1)」 からのつづき

民田茄子

海坂藩では武家屋敷のほとんどに菜園がある。『ただ一撃』には民田茄子が出てくる。嫁の三緒が「秋茄子は嫁に食わすな、といいます」と冗談を言いながら舅(しゅうと)の刈谷範兵衛と仲良くお茶を飲む場面がほほえましく描かれている。この民田茄子は、藤沢さんの郷愁をそそる食べ物の筆頭に挙げられるようで、『用心棒日月抄』にも、江戸で浪人中の主人公・青江又八郎が、思いがけず国元の茄子づけをもらい、感激する場面が出てくる。藤沢さんにとっては「民田」の名前そのものが郷愁を誘ったことであろう。その民田茄子も今は純粋種がなくなり、他品種との雑交が進んだと、大野博氏が「平成の在来野菜」(1998年7月25日付「荘内日報」)で述べておられる。子供のころの味を忘れられない民田茄子ファンには残念なことである。

家庭菜園が重要な舞台となる作品では『冤罪(えんざい)』という短編がある。10石止まりの小禄の家が立ち並ぶ町で、かいがいしく菜園を耕す娘を見初め、ひそかに想いを寄せる青年武士がいる。父と娘がひっそり暮らすその家に突如、凶事が降る。無人となったその家を訪ねた青年の目に映るのは、昨日まで手入れされていた菜園だった。

「青菜はよく伸び、李(すもも)の花は枝も撓(たわ)むばかりに咲いていたが」この青菜でつつましい夕食をする父娘はもういない。呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす主人公。その後、偶然この娘と再会したのは近郷の丘にある畑の中であった。

菜園は大きい屋敷の中にもある。『玄鳥』の女主人公の家は物頭の家で、200石。屋敷は500坪。ここでは裏庭に菜園がある。このように半自給的に野菜を得ていた生活は、狭い庭しかもてない現代人にとっては贅沢(ぜいたく)で羨(うらや)ましく、かつ郷愁を誘うものでもある。

(筆者・松田静子/鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問)
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