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藤沢周平書籍作品あれこれ

藤沢周平の作品における風景

2 ふるさとの風景

◇小説に描かれた郷土の風景

>> 前編からの続き

1~4は、それぞれ庄内・鶴岡を舞台にした小説の中から、特に風景描写の部分を抜き出したものである。実名が出てくるので一層イメージしやすい、私たちには馴染みの光景ばかりである。この他にも清河八郎の伝記「回天の門」があるし、架空の小藩として描かれているものの中にも、荘内藩をモデルにしたことがうかがわれる作品も多い。故郷の光景は作品の中で彩りを与えられ、鮮やかなものになって再現されている。

1は、『ただ一撃』という短編小説から引用したものである。荘内藩士で、関ケ原の生き残り、刈谷範兵衛が主人公である。息子の嫁に世話を焼かれつつ平穏な隠居生活をしていた範兵衛に突如、藩主の命により御前試合の話が舞い込む。相手をうち倒せ、という藩主の厳しい命で範兵衛は戦場における野獣の血を甦らせ、ただ一撃の為に余生のエネルギーを賭けるという話である。嫁の三緒は舅の野生の嵐に蹂躙され自害するという筋立てで凄惨な結末なのだが、全体には暗さよりもほのぼのとした明るさが残る作品である。嫁の優しさ、心づかいも温かいし、2人のやりとりがのどやかな方言で描かれているためかもしれない。引用部分の小真木原の光景は、現在の運動公園となっているあたりと比較して読むと興味深い。日枝神社の一帯は小高い丘で原生林があり、狐狸の棲家だったのかと想像するのも楽しい。

2は、現在の陽光町、総穏寺の境内で果たし合いがあったという土屋又蔵の仇討をテーマとしている。引用文は、又蔵という青年が兄の仇である男を待ち伏せしている時に見た早朝の八日町あたりの光景である。敵は仇でありながら自分の義理の甥であり、両者相果てるという、これも筋立ては暗いのだが、又蔵の末期の目を通して見る故郷鶴岡と近郊の農村の風景はあくまで鮮やかである。

3は、鶴岡市下川の「善宝寺」貝喰池にすむという龍神にまつわる話である。油戸から浜中にかけての日本海沿いの光景が描かれ、小舟を操って漁をする。無信仰で荒くれ男の漁夫が主人公である。この男が嵐のため遭難しかかり、龍神に救われる話である。日本海の荒々しさとその荒波に吹き寄せられるかのように肩を寄せ合っている海辺の家々や人々の苛酷な生活が描かれている。

4は、山里の村に修行をつんで帰ってきた青年山伏の奮闘を描いた物語で、いくつかの章から成り立っている。村人の病の治癒、盗人との格闘、狐つきの娘のお祓い、結婚のとりもち等々、村人のトラブルを解決してゆく、人情味、幻想感、スリル等を味わわせる面白い物語である。引用文は、子供を誘拐された母親を助けて、「隠れ里」と呼ばれる山奥に探しに行く「人攫い」の章からとったものである。大鳥の奥の深い山々は、一たん迷い込めば、二度とは帰れぬ「人跡稀な」神秘な所である。山への畏怖、山の神々やそこに棲まう生き物に対する崇敬の念などが何気ない風景描写の中にも織り込められている。そして、この小説で特筆したいのは「庄内弁」の効果である。「だだ」「あね」「うま」といった、今ではほとんど使われなくなった方言は勿論、まろやかで素朴な庄内弁が雰囲気を盛り上げる。男、女、子供が発する生き生きと描くのは、小説の重要な手段であろう。まして方言を違和感ないように取り込み、小説の雰囲気を盛り上げることができるのは並々ならぬ手腕であろう。この『春秋山伏記』は音読すると一層、庄内弁が生かされていることがよくわかる。ある講座において音読した時、この方言の箇所で人々が大変楽しそうに聞いてくれた点でも、この小説での方言は大変効果的だと思われる。風景、生活、ことば、人間の生きる姿を緻密に描く作者の本領が発揮されている作品である。

都合上、ほんの部分的な引用であるが、作者の「原風景」が特に庄内をモデルとした作品の中で鮮明に甦って再現されていることが理解できよう。

「おわりに」へ続く 

(筆者・松田静子/鶴岡藤沢周平文学愛好会顧問)
海坂かわら版
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