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2017年(平成29年) 12月16日(土)付紙面より

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森の時間119 ―山形大学農学部からみなさんへ―

ヒトの心に 生き続けられるか 小山 浩正

 映画の『たそがれ清兵衛』では、どう考えても丹波哲郎さんだけ庄内弁を喋れていなかった気がするのですが、地元の方の判定はどうなのでしょう?その丹波さんが、ショーン・コネリーと共演した異色の映画が『007は二度死ぬ』でした。ただし、ジェームズ・ボンドでなくとも人はみな二度死にます。最初はもちろん生物としての死です。では、二度目の死とは?それは、その人の記憶がこの世から完全に消えた時です。例えば、あなたもいつか生物として死にます。この時点では、あなたはまだ知人の記憶にあるので二度目の死は迎えていません。しかし、時が流れるにつれて知り合いも徐々にいなくなるわけで、ついに最後の一人が逝った瞬間に第二の人生も終了です。それ以降の世界で私を知る人は誰一人いません。この世からの永遠の消滅。ちょっとぞっとしませんか?

 実は、樹にも二度の死があります。高舘山の山頂付近に巨大なブナの木がありました。残念なことに2004年の台風で力尽きました。山道を登り切って、ちょうど一息入れたい所で迎えてくれたので、この木の死を悲しんだ方は多かったのではないでしょうか。でも、彼(彼女?)には第二の人生があります。幹はゆっくり朽ちますが、そこには虫が棲み、それを鳥がついばみ、コケむしたり、キノコが生えたりして無数の生き物が亡骸(なきがら)をしゃぶり尽くすように利用します。こうしてブナ爺は他の命の礎(いしずえ)となり、亡骸の最後のかけらが消えるまでしばらく第二の人生を送ります。最近では、こうした枯れ木の第二の人生が「生態系サービス」の一つとして見直されています。

 では、こうした樹体を木材として横取りする林業は二度目の人生を奪う残酷な営みなのでしょうか?実は、そうともいえません。確かに、紙にしてすぐに燃やすなら、あっという間の死刑宣告に等しいですが、材木として長く利用するなら、自然に土に還るよりもむしろ長寿が保証されます。例えば、法隆寺は、再建されたといえ、いまだ世界最古の木材建築なので、そこに使われた木も長い命を得たといえます。自然に朽ちるより遙かに長命です。羽黒山の五重塔もそうした恩恵に浴した木です。長く使えば、その間は炭素を貯留して大気への放出を食い止めることにもなります。利用の仕方次第でむしろ第二の死をぐっと遅らせることができるし、その恩恵が私たちにも戻ってくる仕組みなのです。

 「彼は死んでなんかいない。あなたの心の中にいつまでも生き続けている」そんなおきまりの映画のセリフに、若い頃はしらけていました。「心の中に生きる」なんて馬鹿らしいとしか思えなかった。「生は生だし、死は死」。今だってそうは思いますけど、年を重ねるごとに、なぜか、このセリフが心にしみるようになってきます。たとえ一人でもいい、誰かの記憶に深く生き続ける、そんな生き方でありたい。

(山形大学農学部教授 専門はブナ林をはじめとする生態学。筆者は昨年3月に急逝されました。原稿は生前に寄稿していただいたものです)

ブナの朽ち木に発芽したブナ一年生」=1991年5月29日、朝日連峰・大鳥池、斎藤政広撮影
ブナの朽ち木に発芽したブナ一年生」=1991年5月29日、朝日連峰・大鳥池、斎藤政広撮影



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