2014年(平成26年) 6月10日(火)付紙面より
ツイート
森の真上で愛をさけぶ 小山 浩正
このエッセイの文末には著者の専門分野が添えられます。私の場合は「ブナ林をはじめとする生態学」。これが、ちょっと恥ずかしい。森の専門家という立場ではあるのですが、私が直接この目で見ているのはせいぜい地上から数メートル程度です。でも、実際に芽吹いて、花が咲き、新緑が顔を出すのは遥か上方です。森のテッペンを「林冠」と呼ぶのですが、そこでは今まさに初夏の生き物で賑わっているはずです。「はずです」としか書けないのは、この目で見たわけではないからで「どんなふうに?」と聞かれると弱いのです。
林冠に行きたい!この切なる願いは業界人には共通らしく、近頃は林冠の研究が流行っています。特に、熱帯林では地上数十メートルに通路を渡して、間近で観察するのが盛んです。そこでは新種の生物も見つかるので「林冠は人類に残された最後のフロンティアだ」と表現した人もいます。そして、私がずっと憧れていたのは高所作業車。そう、電線工事で使われているアレです。アレならいろんな樹を上から下まで舐めるように見て回れそうだと思いませんか。
そんな思いが通じたか、昨年ついに農学部に導入が決まりました。優秀なわが演習林のスタッフがたちまち免許を取得してくれました。ところが、それから搬入までが大変。何かにつけ粗忽な私は、車両購入の算段に必死になるあまり、いざ納車が決定すると「いったい、どこに格納するんだ?」という落語みたいな間抜けな難題に悩まされたのです。上名川の演習林の格納庫では冬に出せない。では、高坂の農場に置かせてもらうか?それには道路の補強が必要で、そんな予算はもちろん無いと言われ、若葉町の学生寮の横もダメ…と、なんだかオスプレイの配備さながらの紆余曲折の末、結局、農学部の正門横の立派な格納庫に納まりました。これで、いよいよ思い切り乗り回すぞと思った矢先、昨年夏のあの豪雨です。林道があちこち崩れて現場に入れなくなってしまいました。あぁ、何事もままならない。それでも、近場のブナ林で地上十数メートルの枝にアクセスして実験材料を手に入れて、なんとか卒論調査ができました。当該学生が、実は高所恐怖症だったのにも意表を突かれましたが、本格的に稼働するだろう今シーズンは研究も飛躍的に進むでしょう…たぶん。
研究だけでなく、イベントにも使えないかと夢は膨らみます。森を上から見下ろす体験は滅多にできません。ですから森歩きのベテランにも新鮮な光景をお見せできるはずです。ディズニーシーはあってもディズニーフォレストはない。ならば、山大演習林で新しい森の娯楽を提供できないか?林冠を遊びながら学ぶ「林冠学校」を密かに企んでいます。たとえば、高所作業車で限界まで上がるとちょっと怖い。「吊り橋効果」と言って、怖い体験を共有した男女は恋に落ちやすいとか。「森の婚活」にも使えるかも『世界の中心』でなく『森の真上』で愛をさけぶのはいかが?
(山形大学農学部教授 専門はブナ林をはじめとする生態学)