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2017年(平成29年) 6月9日(金)付紙面より

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森の時間113 ―山形大学農学部からみなさんへ―

ギルガメッシュの歴史に学ぶ 小山 浩正

 思春期の頃、深夜に『11PM』という大人の番組が放映されていました。大学に入った頃、今度は『ギルガメッシュ・ナイト』という、もっと過激な番組が始まりました。そんなわけで(どんなわけだ?)、私の世代にとって『ギルガメッシュ』という言葉は、ややピンクな印象がつきまとうのです。

 しかし、オリジナルの『ギルガメッシュ叙事詩』はもっと深淵、かつ、ある意味でもっと邪悪な物語です。この伝説はメソポタミアのシュメール文明が残した粘土板に刻まれました。ウルクの王ギルガメッシュはこれまでにない大都市を建設しようと心に決めます。ただ、それにはレバノン杉の森を伐り倒さねばなりません。ところが、その森は昔から禁断の地であり、フンババという恐ろしいモンスターが棲んでいるのです。ギルガメッシュが森に分け入ると、案の定、フンババが地も割れんばかりの怒濤(どとう)で襲ってきました。すさまじい格闘の末にこの化け物を倒したギルガメッシュはついに森を手に入れます。この物語は野蛮を退け文明をもたらした英雄を称える神話とされますが、逆に言えば人類最初の森林破壊とも言えるのです。以降、人間は自らの欲望のため森を伐り続けのですから。

 ギルガメッシュが実在したかどうかはわかりません。フンババなどという怪物がいたとは到底思えないからです。しかし、ここに興味深い一致があります。花粉分析という手法が明らかにした歴史をみてみましょう。植物花粉のほとんどは本来の目的を果たすことなくむだ撃ちに終わるのですが、そうした花粉がたまたま湖沼など酸素に触れない場所に落下すると、何万年ものオーダーで原形を保ったまま堆積します。こうした地層を取り出し解析することで、過去にそこで栄えた植生の変遷を復元するのが花粉分析です。

 メソポタミアにおいて都市国家が建設されたのは約5000年前ですが、花粉分析によると、ちょうどこの時期に周辺のレバノン杉の森が激減したことが明らかにされました。つまり、ギルガメッシュの伝説はある程度の史実を反映していたのです。その後のメソポタミアは、この森を消費尽くして自給できなくなり、ペロポネソス半島からの輸入を始めます。しかし、それも叶わなくなるとリサイクルの時代に入ります。取り壊した家屋や船の資材は極力再利用するようにキャンペーンが張られました。一方、耕作地では、森を失ったゆえに土砂の流入や塩害が頻発し、それが原因で小麦の生産は減少し、経済に陰が射し始めます。これを嘆く役人の苦悩も粘土板に刻まれました。

 こうしてメソポタミアは文明の主座をギリシャに譲り、歴史の表舞台から退場するのです。自給率低下、リサイクル運動、環境と農業問題、そして経済破綻…。どこかでよく聞く話です。今一度、粘土板から真摯(しんし)に学ぶ必要があるようです。「温故知新」をしてみると、周りの森が改めて尊く見えてこないでしょうか。

(元山形大学農学部教授 専門はブナ林をはじめとする生態学。筆者は昨年3月に急逝されました。原稿は生前に寄稿していただいていたものです)

鳥海山・鶴間池付近のブナの原生林=自然写真家・斎藤政広(2007年6月2日撮影)
鳥海山・鶴間池付近のブナの原生林=自然写真家・斎藤政広(2007年6月2日撮影)



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