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2017年(平成29年) 10月18日(水)付紙面より

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森の時間117 ―山形大学農学部からみなさんへ―

森の正直さ ―知床の30年から見えてきたこと― 菊池 俊一

 9月は知床の森にいました。ヒグマへの警戒を怠らないよう注意しつつ、斜里町ウトロの国有林に学生とともに入りました。車を駐めたところから40分間歩いて現場に到着。太いミズナラやイタヤカエデ、トドマツが混じる針広混交林が広がり、その林床(森林の地表面)には苔むした切り株や朽ちた残材が点在していました。そう、ここが知床騒動の現場です。

 今から30年ほど前に日本国中を騒がせた「知床国有林伐採問題」を憶えていらっしゃる方は多いでしょう。2005年7月に知床が世界自然遺産に登録される前の、国民の衆目を集めた大騒動。多くの人が抱く知床のイメージは「原生的自然」。その知床の国有林において適度の伐採により森林の若返りを図ろうとする林野庁と、知床は残された数少ない原生「的」森林として重要であるため人の手を入れずに保護すべきであるとする自然保護派の対立にマスコミが加勢したという構図でした。北海道の東端の知床を舞台に森林施業と森林生態系の保全、国立公園における自然保護、林野行政のあり方等々、日本の森の取り扱いをめぐる重要な論争が展開されました。

 当時、大学で林学を学び始めた私はそんな論争に興味津々でした。それは同窓生もみな同じ。新聞記事や雑誌記事、各種資料を片手に多くの学生・院生が夜な夜な一部屋に集まり、熱い議論を始めました。一つ先輩だった故小山浩正氏もその一員でした。論点が多岐に渡ることから、真に学際的なディスカッションが繰り広げられていた覚えがあります。

 そして迎えた1987年4月、知床国有林で伐採が行われました。3日間で530本(北見営林支局の発表)の樹木が択伐され、その一本一本がヘリコプターで吊り下げられて集材・搬出されました。伐採実施を知った学生・院生からは「択伐された知床の森は、今後どのように推移するのか」、「その森を実際に見ずして議論を深めることができるのか」といった声がにわかに高まり、有志による伐採地調査の実施が程なく決まりました。

 初回の調査は伐採4カ月後の1987年8月に行いました。現地に方形の固定調査地を3カ所設け、そこに生育するすべての樹木の種やサイズを調査しました。その後、5年ごとに同様の調査を繰り返し行ってきました。30年目となる今年は当研究室学生と北海道大学農学部森林資源生物学研究室、北大森林科学科3年生、北大林学OBの総勢40名の参加で7回目の調査をつい先日行いました。ヒグマに遭わずに生還でき、ホッとしているところです。

 人の手を加えた知床の森はこの30年間でどのように移り変わってきたのでしょうか。詳細はデータ解析後に改めてどこかの機会で報告したいと思いますが、通い続けることで垣間見えてきた「知床の森の30年間」をここで少しだけ紹介します。

 1987年4月の伐採は、約187ヘクタールの針広混交林からミズナラ、イチイ等の高齢で大径の樹木530本が抜き伐りされたので、林冠(森林において太陽光線を直接に受ける高木の枝葉が茂る部分。いわば森林の屋根)にはそれら伐木のギャップ(隙間)ができました。30年が経ち、この隙間を埋め尽くしたのは、主に伐られた種であるミズナラ等の広葉樹ではなく、針葉樹のトドマツ若齢木でした。林床には広葉樹の芽生えもありますが、短いサイクルで消失と発生を繰り返しているようで、順調に成長する稚樹は見られません。1990年代初めから急激に増加したエゾシカによる食害が強い影響を与えていそうです。結果として伐採を行った森林は、若いトドマツの優占度が以前より高い姿に移り変わってきたようです。これが事前に想定した30年後の森の姿だったのか。これから少し考えてみます。

 以上のように、知床の森を30年間観察し続けることで、人が手を加えたことへの応答が森の姿の変化として現れることがわかりました。森から意図せぬ応答が帰ってこないよう、事前の熟慮と事後のモニタリング・アフターケアは重要で必須であることを改めて認識しました。

 森は正直です。

(山形大学農学部准教授 専門は森林環境保全学、森林動態学)

知床国有林択伐跡地における調査の様子。調査区に生える樹木の高さや太さ、枝張りを一本一本計る(2017年9月16日、菊池俊一撮影)
知床国有林択伐跡地における調査の様子。調査区に生える樹木の高さや太さ、枝張りを一本一本計る(2017年9月16日、菊池俊一撮影)



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