文字サイズ変更



  • プリント用表示
  • 通常画面表示

荘内日報ニュース


日付の新しい記事へページを移動する日付の古い記事へ
  • ニューストップ
  • 最新記事
  • 戻る

2018年(平成30年) 5月16日(水)付け紙面より

徳川四天王筆頭・酒井忠次の武勇伝える 「酒井の太鼓」奉納

 旧庄内藩主酒井家初代で徳川四天王筆頭の酒井忠次の武勇を伝える「酒井の太鼓」を題材にした人形が14日、忠次公を祭る鶴岡市の荘内神社(石原純一宮司)に奉納された。

 酒井の太鼓は、戦国時代に徳川家康が武田軍と戦った三方ケ原の戦いに敗れ浜松城に逃げ帰った後、城門を開いて外にかがり火をたかせ、忠次が櫓(やぐら)上で太鼓を打ち鳴らし味方を鼓舞したところ、城門近くまで迫った武田軍が「何か策略があるのではないか」といぶかり軍勢を引き返したというもの。忠次が打ち鳴らして敵を退散させた太鼓が「酒井の太鼓」と呼ばれ、家康と浜松城を守った武勇として古くから伝わる。

 人形を奉納したのは同市山王町の鈴木博さん(70)。1947(昭和22)年生まれの鈴木さんが幼いころ、端午の節句の武者人形として親が買い求めた品で、櫓で太鼓を打ち鳴らす忠次や城に逃げ帰った家康など高さ約20センチの人形と、かがり火、城郭などで酒井の太鼓の場面を表している。人形を納めた木箱(縦約40センチ、横約80センチ、高さ約40センチ)には「酒井の太鼓」とともに、「大正参(三)年四月」、個人名などの墨書があり、100年以上前に製作された武者人形とみられる。

 鈴木さんが幼いころは端午の節句に毎年飾っていたが、酒井の太鼓のいわれなどは家族から教えてもらったことがなく、詳しくは知らないままでいたという。今月、自宅の新築祝いも兼ねておよそ30年ぶりに飾ったところ、知人から忠次の武勇に関する戦国時代のエピソードの一つであることを聞き、「このまま家に置くより、奉納しよう」(鈴木さん)と、同神社に相談した。この日、鈴木さんら親族が人形の入った木箱を同神社に運び込み、石原宮司にあらためて経緯を説明し、拝殿で奉納。鈴木さんは「大切にしてもらって、多くの皆さんから見てもらえれば」と話した。同神社は、宝物殿に展示するなどして「酒井の太鼓」のエピソードを広く紹介していくことにしている。
           

100年以上前の製作とみられる「酒井の太鼓」の武者人形(手前)と奉納した鈴木さん(左)。右は石原宮司
100年以上前の製作とみられる「酒井の太鼓」の武者人形(手前)と奉納した鈴木さん(左)。右は石原宮司



日付の新しい記事へページを移動する日付の古い記事へ

記事の検索

■ 発行月による検索
年  月 

※年・月を指定し移動ボタンをクリックしてください。
※2005年4月分より検索可能です。

 
■ キーワードによる検索
   

※お探しのキーワードを入力し「検索」ボタンをクリックしてください。
※複数のキーワードを指定する場合は半角スペースを空けてください。

  • ニューストップ
  • 最新記事
  • 戻る
ページの先頭へ

Loading news. please wait...

株式会社 荘内日報社   本社:〒997-0035 山形県鶴岡市馬場町8-29  (私書箱専用〒997-8691) TEL 0235-22-1480
System construction by S-Field