2008年(平成20年) 11月5日(水)付紙面より
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鶴岡市田麦俣地区の山で栽培されている大根が収穫期を迎えた。味の良さが旧朝日村の住民に口伝えで広まり、「隠れた名産」になった。山の名前から「なんど大根」と呼ばれる。自家消費に回るのが大半で、市場には出回らないが、この大根の料理を目当てにこの時期、地区内の民宿を訪れる人も多い。今年もなんど大根の季節がやってきた。
「なんど山」は田麦俣集落の北側に位置し、横断道酒田線の田麦俣インターを降りて、国道112号を山形方面に500メートルほど行くと左手に入り口がある。田麦俣と大網を結ぶ旧六十里越街道の1本がこの山を通っていた。
「祖父の日記には、納戸という記述があった。でも、村の年配者に聞いてみても、漢字でどう書くのかは分からなかった」。民宿「田麦荘」のおかみの渋谷みゑ子さん(63)が話す。南戸、「難儀の道」からきたといった説もあるらしいが、なんど山の漢字表記、その由来は不明だ。
なんど大根のおいしさを示す逸話がある。
離れた村の小屋で若勢たちが酒を酌み交わしていた。つまみがなくなり、年代が下の者が「なんど大根を掘ってこい」と命じられた。闇夜の中、田麦俣までの遠い道のりを徒歩で往復するのが嫌で、途中の畑で大根を抜き取り、時間をつぶしてから引き返した。一口かじった大若勢が言った。「硬い、これはなんど大根でねえ」。
なんど大根は、種は一般的な青首大根なのに、収穫して食べてみると、ほかの大根とひと味違うという。渋谷さんは「甘みと味がある。水分を多く含み、おろすと汁がたくさん出てくる。中に繊維がなく、煮ても軟らかい。肌にいいからと、その汁で顔を洗う従業員もいる」と話す。
ではなぜ、なんど大根はおいしいのか。
渋谷さんは「昔は秋大根を取るため、籾(もみ)殻を焼いて下肥を交ぜた堆肥(たいひ)を毎年まいて土を作った。なんどの土は粘りが強く、足が抜けにくいため、田植えを手伝いに来るのを嫌がった」と、農家が土作りに手間をかけたことと大根栽培に適した土壌を要因に挙げる。そして「なんど山は集落より高い場所にある。昔の人に意識はなかったと思うが、おいしいと言われる『高原野菜』でもあったのでは」と推測する。
渋谷さんの民宿と、併設の食堂では、なんど大根はお品書きに載せていない。予約限定の「裏メニュー」。だが、毎年楽しみに宿を訪れる常連客が多い。「時効だろうから…」と、昔、畑から盗んだことを渋谷さんに「告白」する地区外の人も少なくないという。
現在はなんど大根の栽培者は田麦俣地区でも5、6軒ほどと少なくなり、将来「幻の味」になる可能性もある。今月中に収穫が終了し、その後はわらを積み上げて作る「大根つぼけ」という「雪室」に保存される。
「生で食べるのが一番味の良さが分かる」と渋谷さんが包丁で切って出してくれた