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2010年(平成22年) 3月11日(木)付紙面より

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森の時間 26 ―山形大学農学部からみなさんへ―

カツラはなぜ桂なのか 小山 浩正

 樹の名の由来を調べるのは楽しい作業です。桜の語源には諸説ありますが、そのひとつに次のような説話があります。天皇家の祖先とされるニニギノミコトが天から降臨したとき(これも天下りの語源です)、コノハノサクヤ姫という絶世の美女に一目惚れをしました。早速、姫の父である山神に結婚の許しを請いに行くのですが、山神は気前よく姉のイワナガ姫も差し出します。ただ、この姉は残念なことに相当のブサイク。あきれたニニギは、姉の方だけは親元に返してしまいます。これを恥じた父は「妹のサクヤは一時の栄華を、姉のイワナガは永遠の命を司る神なのだ。あなたは妹だけを手元に置いて姉を帰したから、今後、あなたの子孫の命は儚いものになるだろう」と伝えます。そんなわけで、人は死なねばならない運命になったのですが、この妹のサクヤの音が転じて、サクラになったという説があります。絢爛に咲いて、あっという間に散り去るサクラにはぴったりの話です。

 前置きが長くなりましたが、私は以前カツラ(桂)の由来も調べたことがありました。実は、この樹は日本にしか分布しません。では、中国発祥の漢字で「桂」と表記される樹は元々何を意味していたのだろうと疑問に思ったのです。調べてみると、中国における桂とは月に生育するという伝説上の樹のことでした。月面に映る黒い斑点は、この桂の茂みと見なされ、その栄枯盛衰に応じて月は満ち欠けを繰り返すと言われています。でも、この樹は決して枯れないのです。そもそも月自体が多くの民族にとって不死の象徴とされる存在でした。その満ち欠けが死からの再生を想起させるのでしょう。一方、日本の子供たちは月にウサギがいると教わりますが、実は、ウサギも不老の水を地上にもたらす月の使者として世界各地に伝承が残っています。また、地中海の「月桂樹」は常緑であることから、ギリシャ神話では不老不死を得た女神の化身とされています。遙かシルクロードを挟んだ唐人がこの樹に月と桂の文字を与えたことは、彼らが異国の文物をよく承知していたことを示しています。

 同じことが日本のカツラでも起きたのではないでしょうか。カツラはとてつもなく長寿の樹で、昔の山人は不死木と呼んだそうです。まさに伝説の「桂」のイメージです。おそらく、古代の帰化人が日本の事物に漢字を当てはめる作業を委嘱された際、故郷で不死木とされる「桂」の字をカツラに当てたのではないでしょうか。そして、私はこのカツラこそ、サクヤの姉であるイワナガの化身とされていたのではないかと疑っているのです。不死とされるカツラのごとく、イワナガは永遠の命を司る姫でした。カツラの無骨なたたずまいは、はかない栄華を象徴する可憐な妹(サクラ=サクヤ)とは対局をなすものです。カツラとサクラ、語呂もいいですよね。ただ、このお姉ちゃんにも唯一の色気があって、秋に魅惑的な甘い芳香を放つのが特徴です。だから連香樹とも書くことがあります。そう、香(か)が連(つら)なる樹、カ・ツラなのです。

(山形大学農学部准教授 専門はブナ林をはじめとする生態学)

真室川町、甑山山麓にある巨大カツラのウロの中からのぞいてみました。この株はウイルソン株と呼ばれています=自然写真家・斎藤政広(2004年6月2日撮影)
真室川町、甑山山麓にある巨大カツラのウロの中からのぞいてみました。この株はウイルソン株と呼ばれています=自然写真家・斎藤政広(2004年6月2日撮影)



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