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2016年(平成28年) 3月13日(日)付紙面より

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森の時間98 ―山形大学農学部からみなさんへ―

プリニウスとマタギとウサギの糞 小山 浩正

 北海道大学には「ヒグマ研究会」という有名サークルがあって、私がいた農学部の森林研究室とも交流がありました。ところが、このサークルには悪癖があり、新入生たちを騙してクマの糞を食わせるのです。クマの消化効率はかなり悪く、コクワ(サルナシ)を食べた糞はまるでジャムそのもの。これをタッパーに入れて「自家製コクワジャムだ」と食べさせていました。私は機会を逸しましたが、幸“ウン”な被害者によれば、本物のジャムと間違うほどの美味だったと言います。そう言われると、味わってみたかった気もする。

 そんな昔の話を思い出したのは、映画テルマエロマエで人気のヤマザキマリさんの新作『プリニウス』のせいです。プリニウスは、ローマ時代に大著『博物誌』を残した大学者で、この書物には今となっては怪しい記述も多々あるものの、当時のあらゆる知識が集積されています。この中に、ウサギの糞を燃やした灰をワインに入れて飲むとぜんそくに効く、と書かれているらしい。本当かな。

 ところが、日本でも『釣りキチ三平』の作者である矢口高雄さんがマタギ料理として紹介しています。ウサギの糞に豆腐のおからとササガキゴボウをまぶした一品です。もっとも、排泄された代物でなく小腸にあるのを取り出して使います。胃液のためにほろ苦く、春先のクロモジを食べたものが最高とされるそうです。そもそも、ウサギは一度の消化では充分でなく、ビタミン類も豊富に含むので、肛門から再び自らの糞を食べる習性があります。まさに究極のリサイクル。

 そこまでウサギの糞に注目したのは、少し前に農学部の廊下で同僚の塩野義人先生に呼び止められたから。「小山さん、ウサギの糞を集められます?」。この先生にはいつも驚かされる。本稿では5年前にも登場しましたが、その時に聞かれたのは「ブナの実にしか付かないシロヒナノチャワンタケと言うキノコ知ってます?」だった。キノコの次ぎはウンコかよ?…キョトンとしている私に次のように説明してくれました。

 菌の中には、草についた胞子が草食動物に食べられることで腸の中で活性化し、糞と一緒に体外に出される種類があります。その糞の上で菌が発芽して胞子を飛ばし、また別の草に付く生活をくり返すのだそうです。それらの中には稀に有用な成分が見つかるそうで、この前ノーベル賞を受賞した大村智先生みたいに少ないチャンスに賭けるみたい。でも、室内実験が本職の彼は野外で鼻が利かない。そこで私の出番。「調査中にウサギの糞を見つけたら集めよう」と言ったら今度は学生がキョトン。

 プリニウスを始め古代からの民間療法にも何かしらの合理的根拠があるのでは?と思うことがあります。最新科学による伝統知の再評価もあるかも。ウサギの糞を通して、生化学者の塩野先生と民族学好きのフィールドワーカーがコラボできれば楽しそうです。何か見つかったらまた紹介します。でも主役は塩野先生、僕はウンコ集め。

(山形大学農学部教授 専門はブナ林をはじめとする生態学)

 筆者の小山浩正氏は3月10日に急逝されました。この原稿は今年2月に寄稿していただいていたものです。小山氏のご冥福をお祈り致します。

ノウサギの糞=自然写真家・斎藤政広撮影
ノウサギの糞=自然写真家・斎藤政広撮影



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